佐藤博物館変遷

 初代佐藤病院長の佐藤忠彦氏が、30余年の年月かけて、
文化財保護の立場と戦国武将達の供養を意味を込め、私財を投じて甲冑武具を収集、
昭和53年(1978年)10月、病院と隣接した場所に東日本唯一の武具甲冑専門の博物館を創設しました。
上杉家伝来、飯山藩本多家伝来、徳川家伝来などの重要文化財指定の甲冑武具など
歴史的に貴重な文化財が数多く展示されている博物館でした。
 開館してから2年ほどで初代館長・佐藤忠彦氏は病に倒れ、50代半ばという若さでお亡くなりになりました。

 その後、同病院理事長の里子夫人が、亡き主人の意を汲み、同館を守り続けます。

 平成7年(1995年)11月、国道117号線沿いに新築移転しました。

 「この貴重な文化財を、もっと数多くの人たちに見ていただきたい。」という願いを込めて
平成20年(2008年)に里子夫人の故郷、佐久市に博物館展示品すべてを寄贈しました。

 平成21年(2009年)現在、佐久市立近代美術館で貴重な文化財の一部を見ることができます。
そして、近い将来、同館隣接地に佐藤忠彦コレクションの展示施設建築が予定されているとのことです。

初代館長・佐藤忠彦氏
初代館長 佐藤忠彦(僕の父です) 第2代館長 佐藤里子

ごあいさつ

日本の屋根と呼ばれる信濃の国は、
峻烈な山々に囲まれ清澄な河川に恵まれた山紫水明の地であります。
しかしふりかえって戦国の昔を偲へば、甲冑に身をかまえた甲越の軍団が攻防に明け暮れた地であり、
山々には砦が築かれ、河川は血に染まった激戦の地であった訳です。
私がこの地に甲冑武具専門の博物館を建設したいと思う念願は幼い時代からの夢でございました。
爾来三十有余年私財を投じて文化保護の立場と、
この地で果てた戦国将兵の霊を慰める意味も含めて甲冑武具の蒐集に努め参りました。
幸にして今回、斯界の先輩諸賢及び同学同好の方々の温かい御理解御協力を賜りまして
財団法人佐藤博物館の創立と開館を見ることが出来ました。
収蔵及展示する品は戦国武将の「戦場の晴れ着」として、
その時代の美術工芸の粋を発揮しておるもので、
着用した武将の心意気を示しておるものでございます。

最近、文化財に対する関心が高まりつつある、
そのような中で文化財に接する手引きとなり、
保存顕彰への情熱をかきたてつ一助となれば幸と思います。

昭和五十五年九月
館長:佐藤忠彦


*移転前の佐藤博物館です

* 佐藤忠彦館長の「ごあいさつ」は、昭和55年発行の佐藤博物館図録【甲冑武具の美】からの抜粋です
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重森完途先生が作られた庭園です。
敷石部分は兜の前立を意識されていて、
石庭は武将達が、立ち、座りしている姿を表現されています。
そして、その石には、かなり難しいとされている金箔が接着剤なしに貼られています。
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動画も御覧ください
佐藤博物館の動画
です、ご覧ください。

前佐藤博物館の入り口、扉の中へ!! 前佐藤博物館の入り口、扉の中へ!!

文責・佐藤義彦
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